ミライ先生の日直日誌

~Ms.Mirai's Day Duty Journal~

ポケモン小説『白黒遊戯』第19話 生きる思春期

「やばっ。マジで金欠……。」

 財布を開けたノエルはぼやいた。初めての都会に浮かれてしまった。大都会ヒウンシティ。そこにはなんでもある。アメリカの田舎では珍しい日本食。ゴージャスなスイーツ。オシャレな服屋。イケてるカフェ。ゲームセンター。あちこちで食べては遊んでいたら今月分のお金はあっという間になくなってしまった。

「タジャ〜?」

「グリュ〜?」

「ワ〜ボ?」

 自分のポケモンのかわいさに思わずキュンとするノエル。しかしすぐ頭を振る。かわいい子どもたち……もとい、ポケモンたちを飢えさせるわけにはいけない。アララギ博士からもらった今月のおこづかいは使い切ってしまった。旅に出る条件には自分でお金をやりくりをすることも含まれていた。アララギ博士チェレンに泣きつくわけにはいかない。ベルが金持ちだからといって甘えるのも論外だ。(なお、ベルの場合は父親が過保護なので家に毎日電話することも旅の条件に入ってる。)

「しょうがないわね〜……奥の手を使う!」

 そう言ってノエルはポケモンセンターのパソコンから大きなケースを2つ取り寄せた。

 

 どこの町にも人々が集まる憩いの場所がある。ヒウンシティの場合、中央にあるセントラルエリアがそうだ。噴水がありダンサーが集まってパフォーマンスすることもあると聞き、ノエルは大きな荷物を持ってここに来た。背負ったバッグからはエレキギター、四角いケースから取り出したのはアンプ。

 ギターをアンプに繋げ、準備するノエルを3匹のポケモンは興味津々で眺める。

「いい?ツタージャモグリューワシボン。私がギター演奏しながら歌うから、あなたたちは好きに踊って。」

「リュー!?」

 モグリューは目を輝かせた。初めて会ったときも踊っていたので、踊るのが好きなのだろう。モグリューは喜んで手足をバタバタさせた。

「リュー♪」

「タジャ!」

「ワ、ワッシ!」

 他の2匹も承諾した。金欠を打破するためノエルが思いついた手段は路上ライブだった。15歳の少女が重いギターとアンプを1人で運ぶのは大変だが、力持ちのノエルは平気だった。ポケモンたちの力を借りることなく軽々と持ち上げた。(そもそも進化前の3匹ではギターとアンプは持てない。ワシボンならアンプを足で掴んでなんとか運べたかもしれないが。)

 エレキギターはアンプがないと音が響かない。音をチューニングしながらノエルは自分に言い聞かせた。

(大丈夫……。学校の文化祭でも、パーティーでも、町のフェスティバルでもみんなの前で弾いたことある。)

 大都会で自分の演奏が通用するかわからない。カノコタウンのような田舎町では住人は全員知り合いだ。何を弾いても喜んでくれた。しかし今日の相手は見知らぬ大勢の都会の人たち。観客になってくれるかすらわからない。素通りされるかもしれない。仕事で忙しい社会人なら仕方ないが、暇そうな人たちにも無視されたら悲しい。いつもより演奏するのが怖い。

「でも……やってみなきゃわかんない!!」

 

 伴奏を始めた。明るくて元気な音楽だ。急に流れてきたメロディーに人々は反応する。

「みんな!こんにちは!私はノエル・ピースメーカー♪聴いて!私のオリジナル曲【青春でSHOW】!!」

 

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

 

【青春でSHOW

 

目覚ましうざい

朝マジつらい

学校めんどい

行きたくない

 

(タジャ!リュー!ワッシ!)

 

それでも行くの

友だち会いに

友だちいるから

がんばれる

 

(リュー!ワッシ!タジャ!)

 

昨日見たテレビとか

話題のスイーツとか

有名人のスキャンダルとか

お気に入りブランドの新作

好きなアーティストの新曲

 

(ワッシ!タジャ!リュー!)

 

話したいことたくさんあるのに

休憩時間ぜんぜん足りない

青春はタイムリミットあり

ティーネージャーは19まで

 

(タジャ!リュ!ワシ!)

(タジャ!リュ!ワシ!)

 

授業10分にして

休憩50分にしよ(タジャ!?)

春休みあるなら

秋休みもありでSHOW!(リュー♪)

 

(タジャ!リュー!ワッシ!)

 

勉強大嫌い

宿題いらない(ワシッ!?)

知りたいことだけ知りたい

それの何がいけないの?(ツタ〜)

 

(リュー!ワッシ!タジャ!)

 

大好きあの子とはしゃぎたい(リュッ!)

真面目くんからのお説教(タジャ!)

ムカつくあいつと言い争い(ワシ!?)

振り回されて楽しいでSHOW

 

(ワッシ!タジャ!リュー!)

 

It’s SHOW time !

ここからが本番よ

I’ll SHOW you my world ☆

これからは私の時代♪

 

(タジャ!リュ!ワシ!)

(タジャ!リュ!ワシ!)

 

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

 

 広場に拍手と歓声が響き回った。ノエルの演奏に惹かれ人々とポケモンが集まったのだ。陽気な美少女が無邪気なポケモンたちとパフォーマンスをした。観客が集まるのは必然だった。

「ハ〜イ♪サンキュー!投げ銭はギターケースへお願いしま〜す

 何人かギターケースに小銭を投げ入れた。キャンディを入れる子どもや木の実を入れるポケモンもいた。

「みんな〜!ありがと〜

 ノエルはみんなに手を降り、紙幣を入れた大人には投げキッスをした。遠巻きに見ていた眼鏡の少年は呟いた。

「何やってるんだか……。」

 聞き覚えのあるギターの音がしたので来てみれば幼馴染が路上ライブをしている。呆れながらも嬉しそうな主人にポカブは首を傾げた。人混みでチェレンに気づかぬまま、ノエルは2曲目を歌い出した。

「あと3曲くらい歌うね!次は……【ヒトツノ世界】!」

 

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

 

【ヒトツノ世界】

 

嬉しいとき笑うのはなぜ?

悲しいとき泣くのはなぜ?

喜びも悲しみも分かち合う

私たち人間だから

同じ生き物だから

 

肌の色も瞳の色も毛の色も

関係ない関係ない

だって命は平等

心の目で見たい

あなたは誰?

 

世界は音楽で溢れている

音楽なしでも生きられるのに

喜びも悲しみも表現したい

歌って音を立て踊りたい

私たち生きてるから

 

国も言語も宗教も親も先祖も

構わない構わない

あなたはあなた

この身で感じたい

私を見て

 

どの国でも子どもは甘いものが好き

どの国でも花は希望と共に咲く

どの国でも酒とタバコは作られた

どの国でも生き物は愛し合う

 

NO MUSIC, NO LIFE.

NO LIFE, NO MUSIC.

NO YOU, NO LOVE.

NO LOVE, NO YOU.

 

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

 

 2曲目は力強い歌だった。ツタージャモグリューワシボンはヘビメタのようにところどころ叫んでいた。観客は少女に圧倒された。彼女の声、瞳、ギター……全てに惹きつけられる。チェレンは最初の1曲だけ聴いてその場を去るつもりだったのに動けなかった。観客はぼーっとしたあと我に返り拍手をした。またギターケースに投げ銭が増えていく。

「みんなー!またありがとー!」

 水を飲んだあとノエルはみんなに声をかける。そんなノエルのライブに魅力された知り合いはチェレンだけではない。緑髪の青年もまた別の場所で彼女の歌に聴き入っていた。

 明るいポップな曲、力強くかっこいい曲に続きかわいい乙女な曲、魅惑の小悪魔な曲を披露した。いずれも好評でギターケースは予想より多くの金銭が貯まっていた。アンコールを求められ、ノエルは最後の曲を決めた。

「みんな〜!本当にありがと〜!!興奮しすぎたからちょっと落ち着かない?という訳で最後の曲は……【私ノ半身】!ちょっとしんみりするけど聴いてね〜!」

 

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

 

【私ノ半身】

 

誰から見ても

幸せなはずなのに

 

何か足りない

誰か足りない

満ち足りない

どうすればいいの?

 

友だちいるのに

いじめもないのに

ふとした瞬間

なぜか寂しくなる

 

ここは私の居場所?

ここにいてもいいの?

本当の家族って何?

 

私から見ても

十分なはずなのに

 

ご飯もベッドも

帰る家もあるのに

ふとした瞬間

なぜか泣きたくなる

 

何が足りない

君が足りない

物足りない

君はどこにいるの?

 

どこが君の居場所?

そこにいてもいいの?

本当の愛って何?

 

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

 

 それまでの4曲とは異なるバラード。今まで歌った5曲はどれも系統が違ったが、最後の曲がこんなに心を揺さぶられるのはなぜだろう。

 チェレンの胸が痛む。いたたまれなくてその場を離れてしまった。ポカブもなぜか悲しい気がして主人の背を追った。

 最後の曲は投げ銭は少なかったがノエルは満足していた。興奮したまま解散した客が事故や事件を起きてしまうかもしれない。ライブ後に騒いだ人たちが過去にいたので、落ち着いた客を見てノエルは安心した。ポケモンたちに手伝ってもらいお金は巾着袋に、お菓子と木の実はジップ付のプラスチックバッグへ分けた。ギターケースとアンプを専用ケースにしまい帰ろうとしたら意外な人物と会った。

「あんた……聴いてたの?」

 長髪の美青年が物悲しそうに立っていた。