ポケモン小説『白黒遊戯』第14話 ときめき
倉庫の中には不思議な世界が広がっていた。きれいなアクセサリー。おしゃれな帽子。かわいい小物入れ。シンプルだけど愛らしいバッグ。ツタージャとモグリューは興味津津にそれらのものを見ていたが、ノエルが会計を終えると駆け寄ってきた。
「ありがとうございましたー」
「どいたしまして~♪」
ドアを開けると心地よい鐘が鳴る。この店はなにからなにまで乙女心をくすぐる。店を出たノエルは見るからにご機嫌だった。手には小さな花柄のプラスチックの袋が握り締められている。
ここは芸術の町、シッポウシティ。誰も使っていない古びた衣服の工場や倉庫を希望にあふれる若い人たちがアトリエとして使いだしたと言われている。戦闘用の道具を売る店を始めた者もいれば家具デザイナーや手作りの小物を売る人もいる。住人のほとんどが芸術家で、店を持たなくてもポエムやギターなど全員なにかしら芸術的な趣味を持っている。軽音楽部のノエルと美術部のベルがいかにも好みそうな町だ。この倉庫だらけの町をノエルはさっそく気に入りかけていた。ノエルが買い物をした雑貨屋の店員によると田舎にしてはちょっとおしゃれなカフェもあるらしい。
「はあ~♪ここっていい町ね!早くベルも来ればいいのに」
「ツタ~」
「リュー♪」
初めて人間の町に入ったモグリューは忙しそうに頭を動かしていた。見るもの全てがめずらしく目移りしている。一足早く人間の町に慣れたツタージャはモグリューが変なことをしないように見張っていた。ツタージャを信頼するノエルは安心して町を楽しむことができる。ノエルはさっそく買ったばかりのものを袋から取り出した。
「ふふふふふ……じゃじゃ~ん!シュシュを買っちゃいました~♪」
「リュ?」
「タジャ~♪」
ノエルとツタージャは嬉しそうに片手を上げ、モグリューは首をかしげた。モグリューが見上げるとノエルの右手になにかはめられている。レースがついた白いシュシュだ。サテンのような光沢がある。シンプルだけど上品だ。
「チェレンったらあたしのこと『女らしくない』なんて言って~……。これつければ少しは見直してくれるかしら?」
「タージャ!」
「リュ~ウ?」
ツタージャはニコニコしながら何度もうなづいた。ツタージャはノエルを盲信するがモグリューは完全に同意できない。まだ仲間になって3時間も経っていない。ノエルとチェレンのこともまだよく知らないし、人間の基準もわからないからだ。
「んじゃ、さっそく頭に……」
ノエルがポニーテールに手をかけようとしたそのとき、突風が起こった。シュシュはするりとノエルの手から抜けスピーディな空中散歩を始めてしまう。
「ぎゃーーー!?あたしの5ドルで買ったシュシュが~~~!」
言わなくてもいい情報を漏らしながらノエルはシュシュを追いかける。
「待てーーー!」
「タジャーー!」
「リュ~~ウ?」
少女と2匹のポケモンが叫ぶ。住民の目も気にせず彼女たちは走った。風が止みシュシュは地面に落ちる。シュシュは落ちてもノエルたちをからかうように転がり続け倉庫の角で止まった。
「ふ~う。やっと止まった」
ノエルはかがんでシュシュに手を伸ばす。彼女の手がシュシュに触れる。しかし手を伸ばしたのは彼女だけではなかった。ほぼ同時期にもう1つの手が角から伸び、ノエルの手に重なった。
「へ?」
ノエルは間の抜けた声を出した。白くて細い指だ。男の手か女の手かわからない。ノエルは手の持ち主を知ろうと角の向こうを覗きこんだ。手の持ち主もまた彼女と同じように顔を近づけていた。帽子のつばがぶつかり合う。青年の端正な顔が目に入ったとたん、ノエルの心臓は体ごとひっくり返った。
絵:みかちゅーさん
「きゃあああああああああああああっ!?」
ノエルは反射的に彼の手を撥ね除けた。心臓がばっくんばっくん鳴っている。死角にいたのはカラクサタウンとサンヨウシティで色々な意味で世話になったNだった。
「な、ななななななんであんたがここに!?」
「ターーーッジャ!」
Nと彼が触れた手を交互に見ながらノエルは訊いた。ツタージャはバトルではないのに戦闘態勢に入っている。ふーふー唸るツタージャ、慌てるノエル、落ち着いているN。モグリューは状況が掴めなかった。
「リュー。リュ~ウ?」
「タジャタジャタージャ!」
Nについて問いかけるモグリューにツタージャはぶっきらぼうに答えた。その様子から良いことは述べてない。モグリューはツタージャの答えに納得していないようだ。Nはツタージャを見たあとモグリューに目を移した。
「トモダチ……増えたんだね」
「え?……ん。まあね。あはは……」
自分の心臓に苛立ちながらノエルは適当に答えた。Nはすくっと立ち上がる。
「これ……」
Nはノエルに手を差し出した。彼の手にはシュシュがあった。Nに触れられて驚いたノエルはシュシュを拾う余裕がなかったのだ。
「え……?ああ、そうそう!それあたしのシュシュ。あ、ありがとね!」
ツタージャをなだめたあとノエルはシュシュをNの手から奪い取ろうとした。しかし彼は1歩下がりノエルは空振りしてしまう。
「ボクに勝ったら返してあげる」
「は?」
言うが早いがいつのまにか握り締めたボールからNのポケモンが現れた。彼のポケモンを見たときノエルは固まった。このような奇妙な顔をしたポケモンの存在を認められず自分の目を疑う。水色と黒色のヘッドホンをつけたような頭と平たくて丸い水色の尻尾。手足のない黒い体に全く似合わない肌色の顔。まろ眉と異様に澄んだ瞳と口がなんとも言えない笑みを浮かべている。
「ヴィイイイ」
そして鳴き声とは程遠い振動の音。今までアララギ博士の研究の手伝いでポケモンを何匹か見たノエルだったが、このポケモンだけ愛せそうにはなかった。
「じ……人面魚?」
それがそのポケモンの第一印象だった。図鑑を開くことも忘れ、ノエルはそのポケモンの存在に葛藤した。ぴちぴち跳ねるおたまじゃくしを見てノエルは悩んだ。
(あたしは全てのポケモンを同じ生きものとして平等に尊敬する……。どんなに変なポケモンでも、醜いポケモンでも、臭いポケモンでもあたしは受け入れ差別しないつもり…………だったんだけど~~?)
頭から汗がだらだら流れる。ツタージャはノエルのバッグへつるを伸ばした。ポケモン図鑑を取り出すと彼女に見せた。
[オタマロ♂ Lv.13]
ノエルは名前を確認すると改めてオタマロと向き合った。オタマロは尻尾と耳から規則正しい音を立てている。
(なんだろう……このオタマロっていうポケモンを見てると、なぜか殴りたくなる……)
自らの生理的嫌悪を抑えながらノエルは困った。どうしたものか。オタマロはノエルをじ~~っと見た末、頬がほんのり赤く染まった。ノエルの顔は真っ青になった。逆にツタージャの顔は真っ赤になった。
「んぎゃああああああ!!」
「シャーーーッ!!」
威嚇後、ツタージャは大きなはっぱがついた尻尾でオタマロを叩いた。
「タ~ジャ!ツタタタジャタ~~~ジャ!!」
続けてツタージャは『つるのムチ』でオタマロを打った。ムチがオタマロの片耳をかする。
「ヴイイイッ!」
オタマロは『バブル光線』を吐いて反撃した。ツタージャはそれを避けようともせずそのまま受け、尻尾から小さなはっぱの嵐を起こした。ポッドのバオップとの戦いで習得した『グラスミキサー』だ。オタマロは葉の嵐にシェイクされ気絶した。
「タ~ジャアッ!」
「ツタージャ!?」
ツタージャは戦闘不能になったオタマロになお噛みつこうとした。幸い間一髪でモグリューがツタージャを止める。
「リュ~リュ。リュ~」
「タジャタジャタ~ジャッ……!」
モグリューはツタージャの胴体を上げて「もうやめようよ」と呼びかける。ツタージャは諦めきれず『つるのムチ』を伸ばした。
「リュ~ウッ!?」
モグリューは焦った。『つるのムチ』がオタマロに当たらず、なおかつノエルとNにも当たらないようにと気を使って足元がおぼつかない。「えらいこっちゃ!えらいこっちゃ!」と右へ左へ片足で「おっとっと」と移動した。
「ああっ!?ごめんモグリュー!」
ノエルはツタージャをボールに仕舞った。ツタージャを自らの手でボールに入れるのは1日ぶりだった。モグリューも3時間前ボールに入れたとはいえ、ノエルは変な気分だった。ポケモンをボールに入れるということがしっくりこない。Nは無表情だったが仕方なくオタマロをボールに仕舞っているという感じがした。ノエルはNと向き合った。
「ごめん。あんたのオタマロを一方的に攻撃して……。でも約束は約束よね。あたしのシュシュを……」
「まだ終わってない」
彼女の言葉はボールから出た光と共に遮られた。灰色の小さい鳩が飛び出し宙を飛ぶ。
「パトーッ!」
図鑑が反応した。
[マメパト♂ Lv.13]
「キミのもう1人のトモダチの力も見たい……」
ノエルはげんなりした。不満を言う前にモグリューは鳴いた。
「リュー!」
***
モグリューとマメパトのバトルは至極普通だった。ツタージャがオタマロを処刑したときのような理不尽さは全くない。
「『電光石火』」
「『高速スピン』!」
マメパトは目にも留まらぬものすごい速さでモグリューにつっこんだ。しかしモグリューは回転を利用してダメージを受け流す。そしてモグリューはノエルが指示するまでもなくマメパトを『ひっかく』。
「パトッ……!」
マメパトは短い悲鳴を上げ戦闘不能になった。モグリューは接戦の末ついにマメパトを倒したのだ。
「やるじゃんモグリュー!」
「リュー♪」
モグリューはぴょんぴょん跳ねたあとノエルに抱きついた。ノエルはタワシで鍋を洗うかのようにモグリューをごしごしなでた。Nはマメパトの口に元気の欠片を入れた。さらに傷薬でマメパトを手当てしたあとボールに戻す。さきほど倒れたオタマロにも同じことをやった。ノエルはNを見習いモグリューに傷薬をふきかけた。ツタージャもボールから出し回復させる。ツタージャはほとんどダメージを受けていなかったので木の実を食べさせた。
「…………」
ツタージャは木の実をほおばりながらもNを睨みつけている。ノエルはNを背にしてツタージャをなでていた。
「そろそろ約束通りシュシュ返してくんない?まだ買ったばかりで……」
話の途中でノエルは自分のポニーテールがふわりと浮くのを感じた。髪の結び目にくるくるとなにかが巻きつけられていく。
「あ……」
ノエルは立ち上がって髪の結び目に触れた。なめらかな生地の感触がする。帽子の上にはシュシュがつき、そこから茶色い髪の毛が流れていた。
(チェレンにも結んでもらったことないのに……)
彼女は思わず10年以上一緒だった幼なじみのことを思い出した。
「あり……が……とう。じゃ、じゃあね!」
ほおをふくらませたツタージャを抱いてノエルは早歩きした。行く先を考えず彼女とモグリューは歩いていく。しかしいくら歩いても歩いてもNはノエルの後ろにいたままだった。
「ちょっと!ついてこないでよ!いつまでついてくるつもり!?」
「…………」
Nは黙ってついてくる。無言で無表情の青年に追われる乙女の気持ちがどんなものかわからないのだろうか。ノエルが無言に耐えられなくなる寸前にNは口を開いた。
「ボクは……誰にも見えないものが見たいんだ。ボールの中のポケモンたちの理想。トレーナーという在り方の真実。そしてポケモンが完全となった未来……キミも見たいだろう?」
ノエルは首を傾げた。
「ん~~……よくわからないわ」
何の前振りもなく哲学めいたことを言われても快楽主義のノエルにはさっぱりだ。
「……ふうん。期待外れだな。ボクとボクのトモダチで未来を見ようとキミで確かめようと思ったのに……まだ未来は見えない。世界は決まっていない……。世界を変えるための数式は解けない……。ボクには力が必要だ……。誰もが納得する力……」
(はあ~???)
ノエルはハイスクールにいる自分の友達のことを考えかけたが直前に気づく。Nの言うトモダチが人間のことかポケモンのことかわからなかった。ノエルはNが会社を作ろうとしているのかもしれないと予想をつけた。
「必要な力はわかっている。英雄と共にこのイッシュ地方を作った伝説のポケモン、ゼクロム!ボクは英雄になり、キミとトモダチになる!」
(あ。トモダチって人間じゃなくてポケモンのほうか)
とんちんかんなことを言われノエルは混乱した。
(なによ。こんな電波なこと言いだすなんて……さっきドキドキしたのがバカみたい)
ノエルは目をつぶってため息をついた。
「とりあえずあたしが進むべき道はわかってるわ。こっち。だからついてこないで」
彼女は目の前の立派な建物を指差す。そのローマにあるコロシアムのような支柱がついた建物がなんなのかわからなかったが、ノエルは演劇場と推測した。Nは建物をちらっと見た。
「……そうか。一緒に行こう」
Nはノエルの肩に手を置いた。それだけのことだった。だがノエルはお尻を叩かれたかのように叫んだ。
「きゃあああああああっ!?」
青年に左肩をぽんっとされただけで体中の毛が逆立った。カノコタウンでは散々男子たちに肩や腰を触られたというのに小悪魔ガールは過剰反応してしまった。
「さ、触らないでよ!」
ノエルはNの手をふりほどいた。彼に触れられた肩は熱かった。
***
「シッポウ博物館へようこそ!」
建物の受け付けを通って早々、ノエルとNは眼鏡をかけた白衣の男性に声をかけられた。大人しい小型のポケモン以外は博物館に入場できないと注意されたのでモグリューとツタージャはボールの中だ。チョロネコはNの肩にちょこんと乗っていた。白衣の男性は大きな龍の化石を改めて見たあとつぶやいた。
「うーむ!この骨格はいつ見ても……ホレボレしますな……。おっと。失礼。どうもわたくし、副館長のキダチです。おや……あなたはさっきの……」
男性はNを見ると瞬きした。どうやらNは既にシッポウ博物館に来たことがあるらしい。
「……あ、デートですか。ということは隣りにいるのは彼女ですね。失礼」
「はあ!?」
ノエルは真っ赤になった。否定する様子がないNにノエルは慌てて修正しようとした。
「だ、誰がこんなやつと……!」
「あなたがいるならわたしが案内する必要はありませんね。それではごゆっくり」
男性は笑顔でNに手を振ると去っていった。チョロネコはクスクス笑っている。
「か……か……かっかっかっか彼女……!」
頭が緊張で沸騰しそうなノエルにNは無表情で化石の説明を始めた。
「ドラゴンタイプのポケモンだ。おそらく世界各地を飛び回っているうちに事故にあってそのまま化石になったんだ」
「へ、へえ~」
2人は頭の骨から尻尾の骨までそろった見事な骨の化石をあとにした。次はでこぼこだらけの大きな石についてNは教えてくれた。
「この石は隕石。宇宙エネルギーが秘められているらしい」
「そ、そう……」
Nに言われるがままノエルは彼についていく。さっきと立場が逆転している。チョロネコはニヤニヤしながら2人を見守っている。次の展示品を見るまでノエルは上の空だった。
「これは……ただの古い石。砂漠辺りで見つかったけど、古いこと以外には全く価値が無さそうだとさっきの男が言っていた……」
Nの背中を見ていたノエルは石へ目を向けた。そこへようやくノエルの意識が目覚める。彼女は息を止めた。
「あ……」
それはただの丸い石だった。三方をガラスで覆われている特別な装飾も施されていない白い石。下に敷かれた赤い布が石の白さを引き立てていた。真珠ほどではないけどサテンと同じくらい輝いている。ノエルが身に付けているシュシュより白くて輝いていて美しい。綺麗な丸い石だがただそれだけの話だ。
「ただ綺麗だから展示されていると……ノエル?」
だがノエルはなぜか惹きつけられた。その石から目を離せなかった。彼女は無意識にそれに手を伸ばした。指先が石に触れる。
―汝、何者だ……?
「え?」
高圧的な男の声がした。彼女が指を引っ込めた直後、さきほど話しかけてきたキダチ副館長が叫んだ。
「あーーーーーーーー!!駄目駄目さわっちゃ!展示品にお触りはご遠慮願います!」
副館長は白衣から布を取り出すとノエルの指紋がついた個所を拭いた。ノエルはNがいる位置まで下がった。ノエルは石を見つめたままNに訊ねた。
「あんた……あたしが石に触れたとき、なんか言った?」
「いいや 」
Nは首を振る。ノエルは彼の顔を見た。
「あの石を見て、なんか感じる?」
副館長は石を拭いてもなにも感じないようだ。直接肌で触れないと聞こえないのだろうか。それとも彼女にしか聞こえない幻聴だったのか。大した答えは期待していなかったが、Nの感想は彼女と少しだけ似ていた。
「なんだか……怖い」
「え?」
「この石……怒ってる気がする。ボクに対して。ボクはなにもしてないのに……」
意外だった。Nは恐怖を感じたという。しかしノエルは別のものを感じた。
「そう?確かに威圧感はあるけど……。あたしには厳しいけど生徒を温かく見守る校長先生って感じがする」
「校長……?」
ノエルはポニーテールを大きく揺らして踏み出した。
「ま、いいや。他の展示品も紹介してよ」
「……うん」
そのあとは2人はまだ解読されていない石碑や道具を見た。見るものがなくなったノエルをNは博物館の奥の扉まで案内した。額縁のような装飾が施された厚い木の扉だ。
「この先がポケモンジムになっている。奥で強くて優しいジムリーダーが待っているとさっきの男が言っていた」
「副館長が?」
2人に名前を覚えられていないキダチ副館長は気の毒だ。
「ジムリーダーのアロエは館長であり、さっきの男の妻らしい」
「げっ。マジで?」
あの影が薄い男が副館長というだけで驚きなのにその彼の妻が館長だという。
「どんな人だろ?」
あの騒がしい変態三つ子のジムリーダーを想像した自分にストップをかけた。そしてアララギ博士、マコモ博士、ショウロのことを思い浮かべる。ああいう理科系な女性が博物館の館長とジムリーダーを兼任しているのかもしれない。
「じゃあボクはここまで」
「えっ?あ、そう……」
最初はいつまでもついてくると思ったNが引き下がった。しばらく一緒に行動していたのでいざ別れのときになると寂しく感じる。
「今日はいろいろありがとう。あんた、けっこういいとこあるじゃん」
ようやくいつものペースを取り戻したノエルはにかっと笑う。
「またね。電波青年!」
ノエルは重い扉を普通のドアのように軽々と片手で閉めた。もう何も聞こえない。彼女の足音も、やかましい声も。今まで同じ空間で同じ空気を吸っていたのに急に暗い世界へ落ちてしまったようだ。彼女と同じこげ茶色の扉が彼女と自分を隔てる壁に見えた。
「ノエル……」
Nは厚い扉に触れ、語りかける。
「校長って、なに?電波って……なに?」
質問に答えてほしい少女は、もうここにはいない。彼女は違う世界に生きていた。チョロネコは黙ってNの頬を舐めた。