ポケモン小説『白黒遊戯』第17話 天の恵み
見事な連携でプラズマ団からドラゴンの骨を取り戻したノエルとツタージャとモグリュー。彼女たちは次の町へ向かうためこれから長い道を歩こうとしていた。
「ヒュ~♪あれがヒウンシティ?マジ大都会じゃん!」
「ター?」
「リュー!」
ノエルは口笛を吹く。ツタージャとモグリューも軽くはしゃぐ。
矢車の森を抜けると展望台のような柵がある広場があった。そこからヒウンシティへと伸びる長い橋を見てノエルたちは感心した。こんなに大きな鉄の橋は初めて見る。ゲートをくぐるとそこはもうスカイアローブリッジ。Xの形に交差した鉄筋の壁。高い柱から伸びた銅線から垂れる無数の銅線。エンジンの音がしたので下を見ると彼女が歩く通路の下にまた別の道路がある。トラックが往来するのを見てノエルはうずうずした。
「く~~~~♪競争したい子、手~を上~げてっ!」
「ジャーー!」
「リューー!」
トレーナー1人とポケモン2匹は元気いっぱいに手を上げた。
「よ~~し、どっちが先にヒウンシティに着くか勝負よ~☆」
***
ノエルたちが出て1時間後、アロエとのジム戦を終えたチェレンはシッポウシティを出た。プラズマ団に出鼻をくじかれたが、アロエとの戦いはスムーズに勝った。これも事前にアロエがノーマルタイプの使い手と調べたおかげである。ノーマルタイプのポケモンの弱点は格闘タイプのみである。幸いチェレンのポカブの進化系のチャオブーは炎・格闘タイプだった。彼は難なくジムバッジを手に入れ、寄り道せずにスカイアローブリッジへ到着した。広場の景色を見て彼はため息をついた。
「やれやれ。メンドーだな……」
しっかりしているチェレンはスカイアローブリッジが2,632mあることも調べていた。歩くと1時間以上かかる。インドア派で運動が不得意なチェレンはあらかじめタクシーを呼んでいた。彼はタクシーに乗るとぼんやり窓を見る。しばらく森しか見えなかったがやがて大きな川が見えた。初めて見る景色だったが感動はしなかった。ただテレビや雑誌で見たものを確認しているだけだ。これが橋か、というように。
(ノエルはもうヒウンシティに着いたのか?それともまだスカイアローブリッジを歩いているのか)
ヒウンシティで良いパソコンの部品が買えるかどうかより、ノエルのことを先に考えていた。そんな自分に気づき、彼はふんと言う。そしてアララギ博士に頼まれたから気にしているだけだ、と自分に言い聞かせる。目が疲れたのでつぶっていると運転手が声を上げた。
「マジかよ……クレイジーガール(イカれた女子)がいるぞ!」
何事かと思い窓を覗くと、歩行者用の通路で2匹のポケモンを脇に抱えて走る少女がいた。
「……はああああ?」
迷彩柄のワンピース。巨大な茶色いポニーテール。間違えない。彼女だ。彼の口がみるみる開いていく。
「ノエルーーーーーーーーー!?」
***
スカイアローブリッジですれ違ったチェレンとノエルはそのあとどうなったか。通路と道路は上下で分かれているので当然合流はできない。ではノエルはどうしたのか。
「あっ。チェレ~ン♡」
「タージャ」
「行っちゃったね~」
「リュ~」
「つまんないね~」
「タジャ?」
「……追いかけちゃおっか~♪」
「リューー♪」
なんでも思いつきで行動する彼女はチェレンが乗ったタクシーを見て勝負魂に火がついた。今までジョギング感覚で軽く走っていたが、彼女は猛ダッシュで走り出したのだ。チェレンが呆れているとタクシーの揺れが激しくなる。チェレンはまさかと思い運転手を見る。運転手はにかっと笑う。
「生身でタクシーにスピード勝負だあ?おもしれえ……!その勝負、受けて立つぜ!お嬢ちゃん!」
なぜか運転手までその気になり、スカイアローブリッジでラストスパートが始まった。結果は…………引き分け、ではなくノエルの勝ちだった。本気を出した彼女はツタージャとモグリューをボールに戻したのだ。約16kg分軽くなったノエルはさらに速くなり、平行で走っていたタクシーを見事追い越したのであった。運転手のおじさんはタクシーを出るなり膝をついた。
「オレの負けだぜ……嬢ちゃん」
「あんたもすごかったわ。また勝負しましょ!」
2人は熱い握手を交わして別れた。
「って代金!」
無賃乗車で逮捕されたくないチェレンは運転手を追いかける。彼が料金を払っているとサイレンが鳴った。パトカーがタクシーの横に停まる。逮捕されたのはチェレンではなくスピード違反した運転手のほうだった。
「おい!」
―ピーポーピーポー。
警察によって連行される運転手を見てすかさずツッコむが、誰も聞いていない。チェレンはやれやれと頭を押さえた。ここでノエルへの説教が確定した。
***
「こらーーーーーーー!君は何を考えているんだーーーーー!」
ノエルの耳がきーんとなる。ツタージャはノエルの肩に乗っていたため彼女と同じ痛みを感じた。ツタージャはチェレンを見て口をきゅっと結ぶ。さっきチェレンと別れたばかりなのにまた顔を見るはめになったからだ。ノエルのツタージャはなぜかチェレンを良く思っていない。そしてチェレンもそれに気づいている。かつてはツタージャをパートナーにしたがっていた彼の心は複雑だった。ノエルのツタージャはオスである。ノエルが好きすぎて、ノエルに近づく全ての男は嫌いらしい。ツタージャがチェレンを嫌っていることにノエルは一応気づいている。ただポッドやNを嫌う理由はわかるが、チェレンを嫌う理由はあまりわからない。
「いきなり大声で怒鳴らないでよ~。あたしはただ先回りしてチェレンに『あら。遅かったわね♪』って言いたかっただけよ。あんたの運転手が勝手にレースに挑んだだけでしょ」
「それはそうだけど……それよりなんでポケモンを抱えて走っていたんだ!?」
「あ~。いやね、かけっこしてたのよ。そしたらあたしより先にツタージャとモグリューがへばっちゃって……。あ。もちろん手加減したわよ!でも2匹とも30分くらいで疲れちゃって……」
「君より先にポケモンがへばったのか!?」
チェレンの頭が痛くなる。
(いくら進化前のポケモンとはいえ、体力でノエルに負けるとは……)
しかも手加減されたのはポケモンのほうだ。全力で走ったポケモンに人間が手加減して勝つなんて普通ありえない。前々からノエルが人間離れしていることは知っていたが、ここまで滅茶苦茶とはチェレンでも思わなかった。
「でね、早くヒウンシティに行きたかったから5分休憩してまた走り始めたのよ。でもツタージャとモグリューはまだ疲れてて……ボールに入れたらかわいそうじゃない?景色見れないし。だから両脇に抱えて……」
「もういい。この町では騒ぎを起こさないように」
説教にエネルギーを使いすぎたのか、チェレンは行ってしまった。ノエルはなんだったのかと思ったが切り替えが早い。
「まあ、いっか♪」
「タジャ~♪」
「リュ~♪」
ノエルに釣られてツタージャとモグリューもにっこり笑う。ツタージャは彼女の肩を降りモグリューと並んで歩いた。ノエルは頭の後ろを両手で支えるように腕を組んで歩く。
「まずはポケモンセンターよね~」
「タジャ~」
「迷子になりそうだね~」
「リュ~」
トレーナーとポケモンは話しながらのんびり足を進める。何気なく美術館のポスターを見るとジムリーダー、アーティが小さく写っていた。
「そういえばあのもじゃもじゃ頭、ヒウンシティのジムリーダーって言ってたっけ」
ノエルは矢車の森で助太刀に来た派手なのっぽの男を思い出す。次のジム戦は間違いなく彼だろう。
「蝶々のベルトしてたよね。虫ポケモンの使い手かな?」
「リュー」
「タジャ……」
めずらしくモグリューが先に返事をした。ツタージャの顔が曇(くも)る。ノエルもツタージャもモグリューも同じことを考えていた。それは前回のジム戦だ。アロエに苦戦しかろうじて彼女を倒した。ポッドとのジム戦もそうだ。ごり押しで勝ち進んできたが、この先それでは通用しないことをノエルたちも薄々感じていた。ノエルはチェレンに押しつけられたノートを読む。いつのまにか『熟読するように!』とメモつきでノエルのバッグに入っていたものだ。
「虫タイプの弱点は炎、飛行、岩。逆に草、地面、格闘タイプに強い」
「ツタッ!」
ツタージャの肩ががくっと下がる。モグリューは「リュ?」と首をかしげる。
ノエルは立ち止まってひとり言をした。通りは都会特有の足音と鳥ポケモンの羽ばたく音がする。
「あ~んもう、やんなっちゃう!……あ、別にツタージャとモグリューのこと悪く言ってるわけじゃないからね。ただ今までのようにムダに傷つけたくないだけ」
ノエルは2匹に優しく笑いかける。しかしすぐに目を閉じて唸(うな)る。羽ばたく音は止んでいた。
「う~~~ん……そろそろ新しい仲間がほしいな~」
風を切る音がする。ツタージャは空を見上げた。モグリューは鈍いのかノーリアクションだ。ノエルはノートに夢中で気づかない。
―ヒュルルルル……。
「別に炎タイプや飛行タイプじゃなくていいの。ただ虫タイプが弱点じゃないやつ……」
ノエルはぱらぱらとノートをめくる。ノエルの頭上に影ができる。影は大きくなるにつれ音の大きさも増した。
「あ~~~。どっかに良いポケモン落ちてないかな~~?」
と、ノエルが目をつぶったまま顔を上げたそのとき……。
―ボフンッ。
「むがっ!?」
「ツタタ!?」
「リュッ!?」
ふわふわのネイビー色とクリーム色の羽が舞うなか、ノエルはそれとぶつかった。顔面からもろにぶつかったためそれがなんなのか認識できない。よく見えないが彼女はとにかくそれをわしっと掴む。わかったのはそれがバスケットボール2個分の大きさと質量のもふもふした物体ということだけだった。
「も……もふもふ?」
彼女はそれを顔からひっぺはがした。彼女の上に落ちてきたのはふわふわもふもふの鳥ポケモンだった。
「……」
そのポケモンはぐったりしていて鳴き声すらあげなかった。豊かな羽毛でわかりにくいが、よく見たら傷だらけである。ノエルたちは血の気が引いた。
「ポ、ポ、ポ……ポケモンセンターーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
彼女たちは動揺しながらもポケモンセンターを目指した。
***
そのポケモンはずっと目を閉じていた。人の声、ポケモンの鳴き声、機械の音……暗闇の中で色んな音が聞こえる。
「しっかりして!もうすぐだから!」
自分を抱きかかえてくれた存在の体温が離れた。今まで誰が自分を包んでくれたか気になりそのポケモンはゆっくり目を開ける。
「……!この子、やっぱり生きてる!お願い!助けてあげて!」
ポケモンと少女の目が合う。それは互いにとって忘れられない出来事になった。弱っていたポケモンはそっと目を閉じた。
ノエル・ピースメーカーはポケモンセンターのソファに座っていた。図鑑を操作し、自分の上に落ちてきたポケモンについて調べている。
「……あった」
その一言でうたた寝をしていたツタージャとモグリューが起きる。2匹は図鑑を覗きこんだ。
[No.133 ワシボン]
わかったのは図鑑番号と名前のみ。捕まえていないのでタイプも生態もわからない。ワシボンは今は治療室で治療を受けている。手元にいないのでレベルと性別もわからない。仕方なくノエルはワシボンの生息地を調べた。地図を見てノエルは目を丸くする。
「生息地は10番道路とチャンピオンロード前の草むら……って遠っ!」
10番道路とチャンピオンロードはポケモンリーグの直前にある。バッジを8つ手に入れないと通れない場所だ。まだバッジを2つしか持っていないノエルはくらっとする。翌日、彼女はポケモン入りのボールを3こ携えてポケモンセンターを後にした。
***
「……と、いうわけで新しく仲間になったワシボンくんです。よろしく!」
「……ワッシ」
紅白の羽を頭につけた鳥ポケモンはひかえめに鳴いた。ツタージャとモグリューはじ~っとワシボンを見る。ワシボンはこそっとノエルの脚に隠れる。ノエルはあははと笑う。
「こっちはツタージャとモグリュー。男の子と女の子よ。この子たちもあたしの仲間になったばかりだから気にしないで」
ノエルはしゃがんでワシボンの頭をよしよしとなでる。ワシボンの頭はいつまでもなでていたいくらいふわふわだ。
「……タジャ」
「リュー♪」
ツタージャは軽く、モグリューは陽気に挨拶した。2匹はワシボンを仲間にすることは承諾済みだ。ノエルは3匹を順番になでながら昨日のことを思い出す。簡単に説明するとこんな感じである。
「ワシボンの傷口の消毒・縫合が終わりました」
「よかった~」
「回復装置を使うためワシボンのボールを預かりに来ました」
「あ。あの子あたしのポケモンじゃないです」
「野生のポケモンですか?どうやら群れからはぐれたか、追い出されたみたいですね」
「なにそれかわいそう!あたしが引き取ります!」
あと先考えず行動していたらワシボンを引き取ることになっていた。ナースによるとワシボンは雄(オス)しかいないらしい。ノエルはワシボンがツタージャと仲良くなることを期待している。
「……ワッシ」
幸いワシボンはノエルに懐いている。ワシボンはぱたぱたと飛んだ。10.5kgの鳥ポケモンがノエルの左肩に乗るが、ノエルは平気そうだ。
「それじゃあ……ヒウンシティを楽しもっか!」