ポケモン小説『白黒遊戯』プラズマ・スキャンダル!その2
プラズマ新聞。それは月に一度発刊されるプラズマ団だけが読めるニュース。任務の成果や七賢人のありがたいお言葉、教養コラム、N様の近況などが載せられている。
それまでのプラズマ新聞は情報誌という側面が強かったが、今回のプラズマ新聞は一味違う。ゴシップ色が強くなった9月の新聞に下っ端団員たちはたちまち夢中になった。その気になる内容とは……。
【敵だ!危険だ!謎の怪物現れる!!】
10年前に発足し、5年前から徐々にポケモン解放活動を始めた我々プラズマ団。これまで愚かな人々からポケモンを解放するにあたり多少弊害があったものの、今月はイレギュラーな問題が目立つ。
1つ目の事件は夢の跡地で起こった。ムンナとムシャーナから夢の煙を手に入れようとした団員たちはボコボコになって帰ってきた。男と女の団員は身体中たんこぶ、痣、打撲跡で痛々しい姿になっていた。2人に何者かに襲われたか訊ねたが彼らは「茶色い化け物にやられた」としか言わなかった。大きな切り傷は見当たらなかったため、ノーマルポケモンか格闘ポケモンにやられたと我々は推測した。
2つ目の事件は地下水脈の穴。3番道路で幼い少女からチラーミィを解放したのに取り返されてしまった。泥だらけになった4人の男たちは「黒髪の少年と茶色い悪魔にやられた」と言っていた。茶色い悪魔とは黒髪の少年のポケモンか?あと「ダンスでコケにされた」とも言っていたがどういう意味だろう……?
3つ目の事件はヤグルマの森。2つの隊がシッポウシティ博物館で化石を奪ったがジムリーダーのアロエと通りすがりのトレーナーたちによって奪い返されてしまった。団員たちは「森で野蛮な化け物に撹乱された」と言っていた。ここでも黒髪の少年と茶色い悪魔に妨害されたらしい。
写真はないが団員たちの証言からこの3つの事件に同じ茶色い悪魔が関わっていることがわかった。複数人で戦っても勝てない茶色い悪魔とは果たしてどんなポケモンなのだろうか?なぜか遭遇した団員たちは詳しいことを話してくれないが、いずれ明らかになっていくだろう。
【スティーベン隊長ヘンタイ疑惑】
みなさんはスティーベン隊長をご存じだろうか?プラズマ団の一部で密かに人気だった下っ端グループリーダーの1人、スティーベン隊長。小し悪人面だが責任感が強い。部下が失敗したら舌打ちするが適切な指示を出すだけで嫌味は言わない。注意するときは二人きりで落ち着いたトーンでよかった点と悪かった点を話し短く済ます。このように若手のホープとして評価されていたが、先日の任務で意外な面が発覚した。
なんと……任務中にも関わらず黒い紐パンを握りしめていたというのだ。紐パンにうつつを抜かしてたためドラゴンの化石入手に失敗したのではないかと団員たちの間で囁かれている。それを目撃した女性団員は「きゃー!ヘンタイ!!」と叫んでいた。スティーベン隊長はそんな人ではないと弁護する団員もいる一方、ある男性団員は「隊長だけずるいです……。俺もギャルのパンティーがほしいです!」とインタビューで悔しそうに答えた。
あの紐パンは隊長の恋人のものか?隊長がどこからか盗んだものか?あるいは隊長が履く趣味があるのか?……なぜ紐パンを持っていたか不明だが、スティーベン隊長が紐パンを握ったことと任務を失敗したということは事実である。
【N様はクリスマスがお好き!?】
最近、N様は一人言が多い。我々のような凡人が天才を理解しようとするなどおこがましいが、敬愛するお方を少しでも知りたいと思ってしまうのはエゴだろうか?
プラズマ団の書庫を管理する者によると最近、N様は「ノエル……」「ピースメーカー……」と呟きながら本をめくっていると言う。このことから我々なりに推測してみた。
……ずばり!ノエルとはフランス語で「クリスマス」を意味する。そして我々がよく聞くノエルと言えばブッシュ・ド・ノエル……すなわちケーキだ。おそらくN様は「クリスマスの丸太」を意味するブッシュ・ド・ノエルを食べたいが、まだ12月ではないので食べられないと悩んでいるのだ!
そしてもう1つの言葉「ピースメーカー」。文字通り「平和を作る人」という意味である。N様は平和な世界を目指しているのは容易に想像できるが、もしかして作品名のことかもしれない。そこで我々がインターネットでその言葉を検索した結果、いくつか該当する作品があった。
まずアクション映画『ピースメーカー』。軍人と科学者が奪われた核兵器を取り戻す物語。次にアメリカのヒーロー漫画『ピースメーカー』。『ザ・スーサイド・スクワッド』と関連があり、ドラマにもなった。犠牲を出してでも平和のため戦う殺人者が主人公だ。
日本でもなぜかアメリカ西部開拓時代を描くガンアクション漫画で同じ題名の物が存在する。他にも『新撰組異聞ピースメーカー』やその続編『ピースメーカー鐡』がある。こちらは昔のジョウトが舞台で日本らしい作品だ。シンセングミというクールな組織が活躍する物語のようだ。
そこで我々は1つの結論に辿り着いた。きっとN様は……クリスマスプレゼントに「ピースメーカー」関連のグッズがほしいのだ!3か月後のクリスマスが待ちきれない!どれがN様が求めてる「ピースメーカー」かわからない。だが我々N様ファンクラブはN様を少しでも喜ばせるため「ピースメーカー」と名のつくものを色々買い集め、クリスマスケーキのブッシュ・ド・ノエルと一緒に捧げたのである!(中には日本のアニメ『機動警察パトレイバー』に登場する「ピースメーカー」というロボット玩具もあった。)
気になるN様の反応は……実を言うと微妙だった。N様は我々が用意した物をしばらく眺めたあと「……ありがとう」とおっしゃった。そこには喜びも悲しみも見受けられなかった。しかし、我々はその一言で救われた気がした。我々はN様が望んだ物を用意できなかったようだ。空回りしたかもしれない。それでもN様は我々のプレゼントを拒否せず空いている部屋に置くことを許して下さった。N様はあいかわらず麗しい。そして寛容なのである。それでこそ王の器!こうして我々は今後もN様に忠誠を誓うと決意を強めた。
***
「なんなんだこれはーーー!?」
オレはプラズマ新聞を縦に破った。しくじった。オレが報告書と紐パンで悩んでいる間にまさかあの事件が新聞に書かれていたとは……こんなことなら報告書に本当のことを書いてさっさと上に提出するべきだった。大変ですと慌てて新聞を持ってきたのはまともな部下のノーマンだった。
「すみません!隊長はヘンタイではないと弁護したのですが、噂は止められず……。」
「……チッ。お前のせいじゃない。」
仮に早めに報告書に真実を書いて提出してもおそらく結果は同じだ。もし先手を打っていればほんの少しだけ俺が信用されていたかもしれない。それだけだ。報告書は紐パンのことは書かずに提出してしまった。
肝心の証拠はN様が持って行ってしまった。あのお方が紐パンをどうするか検討もつかない。ただ単に捨てるのか、七賢人に俺は悪くないと伝えてくれるのか……どちらでもない気がするのはなぜだろう?あの方が身に付けることだけは絶対ないという謎の信頼感だけはある。
「悪い……。俺の風評被害のせいでお前まで悪く言われるかもしれない。」
「隊長は悪くありません!隊長はノロマのノーマンと馬鹿にされた自分を差別しませんでした。わからないことも教えてくれるし、尊敬しています!」
「そうか……。」
俺はブラック企業に勤めていたから不当な扱いをしたくないだけだ。そしたら俺をこき扱ったクソ上司と同じになっちまう。
「つーかオレ意外と人望あったんだな!?知ったときにはなくなってたって悲しすぎるすだろ!」
「スティーベン隊長!自分がいます!」
「ありがとな!」
前に勤めていた職場では人もポケモンも規定の労働時間を超えて働かされていた。なのに残業代は払われない。十分な休息はない。寝不足と栄養不足と過労で意識が朦朧としていたオレは、外でプラズマ団の演説を聞いて人生が変わった。ヤケになって会社のポケモンを解放して逃げたのだ。そしてそのまま勢いで演説していたプラズマ団にそのことを話し、入団した。素晴らしいと褒められた。正しいことをしたと実感した。解放されたポケモンたちもオレに感謝してから逃げた。プラズマ団に入ったことは後悔してない。だが……。
「あのクソアマ……大人を馬鹿にしやがって……!」
あのノエルという少女……オレたちだけでなく他の団員たちの邪魔もしたのか。茶色い悪魔って絶対こいつだろ。きっと他の団員たちも女子高生にやられたなんて恥ずかしくて言えなかったんだろう。
「あのアマ人生舐めてやがる!スクールカーストのトップだから調子に乗ってんじゃねえのか!?リア充め!!」
机を叩いた。ノーマンは複雑な顔でオレを見ている。気まずい思いをさせてしまった。
「とにかく……下がった評価は上げればいい。成果を出せば信頼は取り戻せる。オレの隊に所属してるせいで辛い思いをするかもしれない。もし別の隊に移動したかったら……。」
「嫌です!自分はここにいます!」
ああ、よかった。味方がいるってこんなに嬉しいことなんだな。
「わかった。これからもよろしく頼む。」
「はい!」
涙ぐむノーマンはさておき……。ドアから険しい顔でこちらの様子を伺うぽちゃ男は何しにきたんだ?前はギンギンしていた目はじとーっとなっている。
「おい、デブ……じゃなくてデイブ。」
「はい!」
ドアから顔だけ出していたデイブは全身を出して敬礼した。
「お前インタビューで『俺もギャルのパンティーがほしいです!』って答えたな?」
「はい!答えました!!」
「いや、素直かっ!」
こいつ社会でやってけないタイプだろ……。
「隊長!提案があります!」
「……なんだ?」
一応聞いてやろう。
「あのノエルという少女をプラズマ団にスカウトしましょう!」
「なんだ?人生の先輩として社会の厳しさを教えてやるのか?」
「いえ、俺がノエル様の部下になって厳しくされたいです!!」
「お前ドMだな!?」
なんで新入りのメスガキに大人のぽちゃ男が従うんだよ……。最近ため息ばかりだ。
「却下だ。また会ったら徹底的に倒してそいつのポケモンを解放する。二度とプラズマ団に逆らわないようにな。」
「ええ〜?」
残念がるデイブと戸惑うノーマンを部屋から追い出す。
「ほら。もう少し休んだあと働け。」
「はい!」
「隊長〜!」
インスタントコーヒーにお湯をそそぎながらあの女に勝つ算段を考えた。ノーマンの不安な気持ちがわかる……あの女、ノエル・ピースメーカーに勝つ未来が全く想像できない。ヤグルマの森ではポケモンは2匹しかいなかったが、今後は増えていくだろう。
「ノエル。ノエルか……ん?」
今さらだが気づく。最近のN様の独り言って……あの女の名前じゃないか。